東京高等裁判所 昭和42年(う)2798号 判決
被告人 榎本満夫
〔抄 録〕
職権をもつて原判示第一の業務上過失致死の事実(以下、本項においてこの事案を本件という。)の認定につき按ずるに、記録によれば、本件事故は、被告人が原判示大型貨物自動車(いすゞ六一年式、車長六・六五メートル、車幅二・三五メートル右ハンドル)を運転して神奈川県県道五八号線を南東方茅ケ崎駅方面から北西方寒川方面に向けて進行し、茅ケ崎市矢畑八九七番地先の交通整理の行なわれていない交差点(交差道路のうち右方は市道、左方は私道)を左折するさいに発生したものであるところ、右交差点附近における県道は直線部分で、その幅員は約七・五メートルであるが、これと交差する左方道路、すなわち被告人が左折した私道は幅員約六・二メートルで県道よりも狭く、かつ、県道とは南方から鋭角に交わつているため、各道路の左側線についていえば、左折車両は九〇度以上の転把を要することとなり、被告人運転の自動車のような大型車両は一回のハンドル操作では左折しきれない状況にあり、被告人もまた、交差点の手前(南東方)約三七メートルの地点(以下、この地点を司法警察員作成の昭和四一年一二月二八日付実況見分調書添付の見取図の符号にならつて(一)点という。)附近で左折の信号をするとともに、従前の時速三〇ないし三五キロメートルから一五キロメール位まで減速しながら徐々に県道中央線(ただし、その標示はない。)に寄り、交差点の手前約一〇メートルの地点(以下、これを前同様(二)点という。)では県道中央線を右に跨ぐような状況になつてから左にハンドルを切り(いわゆる大廻りをして)、さらに減速(時速約一〇キロメートル)しながら、県道を左斜めに進行して前記私道に進入し、運転席の部分が私道に入つたころに、重ねてハンドルを左に切つたこと、そしてさらに被告人に自動車の車体の約半分以上が私道に進入して殆んど左折が完了したときに、折から右県道左側端を寒川方面に直進せんとして来た原判示被害者青木弘子運転の足踏式二輪自転車の前車輪と被告人の自動車の左後車輪のフエンダー前部とが接触し、被害者は自転車もろとも右自動車の下に捲きこまれ、右私道上においてその左後車輪によつて轢過されたものであることが明らかである。
ところで、原判決は右のごとき道路状況の下において、被告人のごとき左折方法をとる自動車の運転者は「左折の合図をするのはもちろん、左折開始の直前に一旦自動車を停止したうえ、後写鏡の死角にはいる自車の左側方および後方の安全を確保するため、助手をして、あるいは自ら、運転席の左窓から顔を出すなりして、自車の左側方および後方を進行する車両等の有無を確かめ、その安全を確認したうえ左折を開始すべき業務上の注意義務がある」旨判示し、ついで、被告人は「左折の合図はしたが、一旦停車しないで、時速約一五キロメートルないし一〇キロメートルに減速しながら、後写鏡で後方車両の有無を見たのみで、自車の左側方を進行する車両の安全確認が不十分のまま左折を開始した過失がある」旨、および、「右過失によつて被告人は折柄自車の左側を自車と並進していた被害者の操縦する足踏自転車に気づかなかつたため、自車左側部を被害者の自転車に接触させて転倒させた」旨認定判示している(なお、以上のごとき注意義務、過失その他の事実は、起訴状記載の公訴事実も同旨である。)。
ところで、原判決は、右のごとく、被害者の自転車が「折柄自車と並進していた」と認定しているのであるが(なお、そこにいわゆる「折柄」の趣旨は判文上必らずしも明瞭とはいいがたいが、要するに、被告人が前記のごとく(二)点から私道入口に向けて左にハンドルを切つたときにも、なお被告人の自動車と被害者の自転車とは並進状態にあつたものと認定した趣旨と解される。)、その進行状況について証拠を按ずるに、この点に関する唯一の直接証拠である被害者青木弘子の司法警察員に対する供述調書には、被害者は「前記県道左側端を寒川方面に向けて走行中、貨物自動車(被告人の自動車と認められる。)に追いつかれ、暫く並んで走つていたが、該自動車が同人の進路を遮ぎるように前に寄つてくるのを一、二メートル先に見たので、危険を感じ、ブレーキをかけたが間に合わず、これと接触して転倒した。」旨、恰も被害者の右側を並進していた被告人の自動車が、そのままの状態から突如被害者の前方に左へ寄つてきたかのごとき供述記載部分があつて原判示にそうがごとくであるが、他方、同供述調書中には、被害者の自転車は被告人の自動車に追いつかれたのち、追い抜かれた旨の供述記載もあり、これを、被害者が、生前、父親に対し、事故当時の状況につき「貨物自動車は右の方に寄つて行つたので直進するものと思つていたところ、左に寄つてきて事故に遭つた」旨話していたこと(青木重郎の司法警察員に対する供述調書参照)と対比総合して考察すれば、被害者の前記供述調書の記載は、被害者の自転車が、接触直前まで、終始、被告人の自動車と並進状態にあつたとする趣旨ではなく、該自動車に追いつかれて一旦はこれと並進状態となつたが、結局は追い抜かれ、しかる後、右自動車が被告者の進路前方に寄つてくるのを一、二メートル先に現認した趣旨を供述したものと解するのが相当である。もつとも、右供述調書の記載をかく解しても、同調書によつては、被害者の自転車が被告人の自動車に追いつかれた地点あるいは追い抜かれた地点等、関係地点の位置は必らずしも明確にしがたいが、これを前記のごとく(一)点から(二)点、(二)点から私道入口へと進行した被告人の自動車の進行状況と対比して考察すれば、被害者の自転車が被告人の自動車に追い抜かれたのは、前記(一)点附近のごとくであり、少なくとも、被告人の自動車が前記(二)点に至るまでには、被害者の自転車は明らかにその後方車と認めうる状況にあつたことが窺われる。これを、さらに、両車両の本件接触状況からみるに、その接触状況については、原判決は、ただ、「被告人の自動車がその左側部を被害者の自転車に接触させ、同人を自転車もろとも路上に転倒せしめて云々」と判示するに止まるが、記録によれば、被告人の自動車は、前記のごとく(二)点からはさらに時速約一〇キロメートル位に減速しながら、私道入口に向け、県道左側部分を斜めに横切り、私道入口でさらに左にハンドルを切つて私道に入り、車体の約半分以上が私道に進入して殆んど左折を完了したときに、県道左側端において、その左側後車輪のフエンダー前部と被害者の自転車の前車輪が接触した(なお、被害者は、県道上ではなく、私道に入つた地点において被告人の自動車の左側後車輪によつて轢過された。)ものであることが明らかであり、また、被告人の自動車は、前記のごとく、(二)点を経由して右に大廻りをし、かつ、(一)点から順次減速しながら(二)点ないし私道入口に達したものであるのに対し、被害者の自転車は県道左側端を直進し、かつ、自転車としては相当の高速であつたことも記録上明白であるから、右のごとき両車両の接触の部位、地点、進路、速度を彼此勘按すれば、被告人が(二)点においてハンドルを左に切るさい、すなわち、原判示にいわゆる左折開始のさいには、被害者の自転車は明らかに被告人の自動車の後方にあつたものと認められる。この点に関して記録を精査するも、右認定を覆えし、原判示のごとく左折を開始したさいにおいて被害者の自転車が被告人の自動車左側に並進していた旨の事実を肯認するに足る証拠を発見しがたい。さすれば原判決は、すでにその前提たる事実について事実を誤認したものといわざるをえない。
以上のごとく、被告人が前記(二)点において左折を開始するときには、いまだ被害者の自転車はその後方にあつたものと認むべきところ、交差点における左折方法に関する道路交通法第三四条第一項によれば、車両が左折するときは、あらかじめその前からできる限り道路の左側に寄り、かつ、徐行しなければならない旨規定するとともに、同条第五項は、右のごとく左折車が道路の左側に寄るべく手または方向指示機によつて合図をしたときは、その後方にある車両は当該合図をした車両の進行を妨げてはならない旨規定しているところに徴すれば、少なくとも後方車に対する関係においては、一般に、左折車の運転者としては所定のごとく左折の合図をなして後方車の注意を促し、かつ、徐行すれば足りるのであり、かかる措置を講じた以上、後方車との交通の規制は、専ら後方車の適宜な運転方法に委ねている趣旨と解される。
しかるに、被告人は、前記のごとく、本件交差点の手前約三七メートルの地点((一)点)附近で左折の合図を始め、かつ、順次減速して徐行するに至つたことは原判決もこれを認めるところであり、ただ、被告人は、直ちに道路左側に寄らずして前記のごとく(二)点を経由していわゆる右に大廻りをしているが、道路交通法第三四条第一項は「できる限り」左側に寄るべきことを規定したに止まり、本件のごとき道路並びにその交差の状況の下においては、かかる大廻りをしても直ちに同条項に違反するものとは解しがたく(昭和三八年七月一七日東京高裁判決、同高裁判決時報第一四巻第七号刑一二八頁参照)、さすれば、被告人の本件左折方法には違法の点はなく、かつ、被告人が(二)点においてハンドルを左に切るにさいしては、原判示のごとく一旦停止こそしなかつたが、運転席から前方および左側を注視したことは記録上これを認めるに足り、かつ、そのさい、後写鏡によつて後方車両の有無を見たことも原判決はこれを認めるとおりである。しかるに原判決は、かかる状況下においては一旦自車を停止したうえ、後写鏡の死角に入る自車の左側方および後方の安全を確認すべき注意義務の存することを判示しているが、たとえある地点において後写鏡による視界に死角部分があつたとしても、本来、死角は自動車の移動によつて刻々に変化するものであるから、本件の場合、被告人の自動車が(二)点においてハンドルを左に切れば、左折を完了するまでに従前の死角部分が新たに視界に入つてくるのであつて、そこに危険を予測すべき後方車等の車両を発見したさいには、直ちに停車する等危険の発生を防止すべき手段を講ずれば足りるものというべく、そのためには、本件の場合においては必ずしも一時停止をしなくとも、道路交通法所定のごとくあらかじめ徐行していることをもつて十分であると認めるのを相当とする。しからば、本件のごとき道路並びにその交差および左折の状況下においては、被告人は自動車運転者として通常予測しうべき危険を回避するにつき尽すべき業務上の注意義務を果したものというべく、したがつて、ある地点における後写鏡の視界に死角部分があるとの一事をもつて、原判示のごとく左折車に一旦停止の義務を課するの要を認めがたいので、原判決の注意義務に関する解釈は明らかに失当といわざるをえない。なお、記録によれば、被告人は被害者を追い抜いた事実も知らず、その他本件事故発生前に被害者の自転車を現認したこともなかつたことが明らかであり、この事実は、被告人も終始これを認めるところではあるが、原判示にいうがごとく自車左側方に被害者を発見しなかつたことについては、前認定のごとく被害者はその後方にあつたのであるから当然であり、また、その後方にこれを発見しなかつたとしても、そのことから直ちに被告人に過失があつたものと即断することはできない。むしろ、本件事故は、前記のごとき両車両の接触の部位、地点等接触の状況のほか、被告人の運転状況に比し、被害者は雨の中を雨具をつけずに帰宅を急いでいたこと、したがつて、自然、その姿勢もうつ向き加減になり、かつ高速であつたと認められること、のみならず、本件事故現場附近は、不慣れの道で、本件交差点のあることも知らなかつたこと等、記録によつて認められる諸般の状況に徴すれば、被告人の過失によつて被告人が自車を被害者の自転車に接触させたというよりは、被害者において被告人の自動車の左折の合図を確認せず(確認し得べき状況にあつたと認められる。)、たやすく先行車たる被告人の自動車の左折を察知しうべき状況にあつたのにこれに対する注意を怠り、前記のごとく殆んど左折を完了した該自動車の左側後部に自ら接触したによるものと認められる。そして、本件の場合、被告人において前記のごとく法規を守り、かつ注意をなしたほか、さらに、かかる被害者の法規無視、あるいは過失による進行状況を予測して特段の注意をなすべき義務あるものとは解しがたく、記録によるも、被告人が現にこれを予測し、あるいは予測しうべき状況にあつたとも認めがたいのであるから、被告人は、本件のごとき左折状況下における自動車の運転者として尽すべき業務上の注意義務はすべて尽していたものというに変りはない。
してみれば、本件事故が、世上とかくの非難を招くことの多い土砂運搬の大型貨物自動車と女子学生の操縦する自転車との接触事故であり、その結果も、大型自動車の車輪による轢過の痕跡もいたましく、遂に死亡するに至つた重大な事案ではあるが、その結果について、右自動車の運転者たる被告人に刑事上の責任を帰するに由なきものといわざるをえない。これと異なる原判決は、畢竟、前示のごとく被害者の進行状況に関する事実を誤認し、かつ、注意義務の解釈を誤り、帰するところ本件過失の有無について事実を誤認したものというべく、原判決中、判示第一の罪に関する部分については、弁護人の論旨に対する判断をまつまでもなく、破棄を免れない。
なお、原判決が判示第二(道路交通法違反)の罪につき罰金一〇、〇〇〇円に処した部分については、弁護人も「その量刑はやむをえないもの」と陳述するのみで、他に控訴理由の主張とみるべきものはない。
よつて、本件控訴のうち、本件道路交通法違反事件に関してはその理由がないので、刑事訴訟法第三九六条によつてこれを棄却し、本件業務上過失致死事件に関する部分は理由があるので、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条により、原判決中業務上過失致死事件に関する部分(訴訟費用の負担を命ずる裁判を含む。)を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書の規定に従い、さらに、自ら、判決するに、右業務上過失致死事件に関する本件公訴事実は起訴状記載の公訴事実第一のとおりであるが、前段説示したとおり、これを認めるに足る証拠がないので、同法第三三六条により無罪を言い渡すべきものとして、主文のとおり判決する。
(三宅 石田一 金)